49号 巻頭言

反ヘイトの取り組みのさらなる深化を

 日本におけるヘイトスピーチは、インターネット上で跋扈するのみならず、官民一体の「北朝鮮バッシング」、「嫌韓」ムードに下支えされる形で、2000年代に「行動する保守運動」を標榜する排外主義政治団体などが中心となり日本各地で頻繁に展開されてきた。その者らは「直接行動」を標榜し、在日朝鮮人集住地区において朝鮮民族を直接的に侮蔑・攻撃するヘイト街宣を行ったり、民族団体・民族学校を標的にするなど、およそ看過容認できないものであった。

 中でも、2009年の在特会メンバーなどによる「京都朝鮮学校襲撃事件」は、在日朝鮮人社会に大きな衝撃をもたらした。当メンバーらは在日朝鮮人児童が校舎内にいる平日日中に、校門前で「北朝鮮のスパイ学校」など、聞くに耐えない罵詈雑言を「抗議行動」として行ったが、事件当時、警察はなんら具体的な対応をとらず、ヘイト行動は「野放し」にされた。しかし、こうした状況を座視せず、京都朝鮮学校の当事者は裁判闘争を闘いぬき、画期的な勝訴判決を勝ち取った。

 このように、跋扈するヘイトスピーチに対抗するため、当事者・弁護士などによる地道な活動が展開され、ヘイトに対する法規制の議論も重ねられてきた。その結実の一つとして、2016年に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(ヘイトスピーチ解消法)」が成立した。同法は罰則規定のない理念法であり、また「本邦外出身者」に対象を限るなど問題点のある法律ではありつつも、日本において「反ヘイト」の環境をつくる画期となるものであった。

 各自治体においても「反ヘイト条例」策定の取り組みが進んでいる。中でも川崎市は、ヘイトスピーチを三回繰り返した場合50万円以下の罰金を科すなど、全国で初めてとなる刑事罰を規定した条例素案を示し、パブリックコメントで大多数の支持を受け、市議会に提出される方向で進んでいる。

 しかし、ヘイトスピーチはより「巧妙化」し、新たな場に広がりつつある。2019年春の統一地方選挙において、排外主義政治団体が擁立した候補が、公職選挙法上認められた選挙活動の自由をタテに、「政治演説」を装い「日本を批判するなら朝鮮半島に帰れ。在日も帰れ」(2019年3月30日、神奈川県相模原駅前)といったヘイトスピーチを各地で繰り広げた。とりわけ、在特会の初代代表であり日本第一党代表である桜井誠が、朝鮮学校が隣接する北九州の折尾駅前において行った同党・桑鶴和則候補の「応援演説」(同年3月11日)は、明確に在日朝鮮人および朝鮮学校を攻撃する内容であった。

 こうした事態を受けて、法務省は「選挙運動等に藉口した不当な差別的言動その他の言動により人権を侵害されたとする被害申告等があった場合には、その言動が選挙運動等として行われていることのみをもって安易に人権侵犯性を否定することなく[…]その内容、態様等を十分吟味して、人権侵犯性の有無を総合的かつ適切に判断の上、対応されるよう願います」(2019年3月12日付・法務省人権擁護局調査救済課補佐官事務連絡)と各法務局に通知したものの、政府の姿勢は消極的なものであり、いまなお反ヘイトの取り組みは、当事者たちの地道な運動によるところが大きい。

 東京都は、2019年10月16日、練馬区内での「街頭宣伝」における「朝鮮人を東京湾に叩き込め」「朝鮮人を日本から叩き出せ、叩き殺せ」の言動(2019年5月)、東京都台東区内でのデモ行進における「朝鮮人を叩き出せ」の言動(同年6月)を、「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例(オリンピック条例)」に基づき初めてヘイトスピーチとして認定し、その発言内容を含めて公表したが、これも都民の粘り強い申し入れを受けてのものである。

 地方自治体における実効的な条例の策定など、いまだ跋扈するヘイトに対する取り組みのための理論的・実践的課題は多い。しかし、だからこそ私たち人権協会は、法律家、研究者、活動家などの力を結集し、差別とヘイトのない社会を構築していくための取り組みをより深化させていきたい。