「人権と生活」カテゴリーアーカイブ

54号 巻頭言

在日朝鮮人の司法闘争の意義を振り返って

 「在日朝鮮人の歴史は権利闘争の歴史である」というフレーズは、これまで何度も繰り返されてきたものである。事実、わたしたち在日朝鮮人の勝ち取ってきた権利は、なにひとつ自明に「与えられてきた」ものはなく、闘争を通じて自ら勝ち取ってきたものばかりである。

 解放後も、日本政府は植民地支配責任をなんら果たすことなく、むしろ日本で生活を続けた在日朝鮮人は「法の下」にあらゆる差別を受けてきた。しかし、それを決して座視せず、権利を勝ち取るためにあらゆる闘争を繰り広げてきた歴史がある。

 とりわけ、司法闘争はマイノリティが公にその差別を問い、権利のために闘うことができる数少ない手段のひとつであり、在日朝鮮人当事者はこれまで数多くの裁判を闘ってきた。     

 そして、在日朝鮮人に対する就職差別に初めて真正面から闘った「日立就職差別裁判」(1974年横浜地裁判決)や入居差別と闘った裁判など、画期的な判決を勝ち取ってきた。

 もちろん司法もまた「日本」という制度の一部でもあり、こうした「勝利」よりも数多くの不当判決を突き付けられてきたことから、日本の司法に対する不信や失望は大きい。しかし、その闘争の中で積み上げてきた議論の意義の大きさも計り知れない。全国5か所で闘われた「朝鮮高校無償化裁判」は、結果的には全地域が敗訴となったが、大阪地裁においては、朝鮮学校と民族団体である朝鮮総聯との歴史的関わりを踏まえ、民族教育の重要な意義を認めた画期的な判決を勝ち取った。また、司法闘争を通じて朝鮮学校への理解と支援の輪は地域・国を超えた拡がりをみせている。

 一方、在日朝鮮人に衝撃を与えた「京都朝鮮学校襲撃事件」(2009年)は、いまもって記憶に新しいが、現在裁判係属中である京都府宇治市のウトロ地区における放火事件(2021年)において、被告は「在日コリアンに恐怖を与える狙いがあった」と、その差別的動機を認めている。朝鮮学校補助金停止問題に端を発する「弁護士大量懲戒請求事件」(2017年~)や右翼活動家による「総聯中央会館銃撃事件」(2018年)など、現代日本において頻発している差別・排外主義の発露であるヘイトクライムは、いまなお私たち在日朝鮮人の日常生活を脅かす深刻な問題である。

 「京都朝鮮学校襲撃事件裁判」において、民事訴訟では司法が初めて人種差別撤廃条約上の人種差別に該当すると認定し、そのことが損害賠償額にも反映されるという画期的な判決(2013年京都地裁判決)が出された。しかし、刑事裁判においては、いまだ量刑判断において差別的動機を根拠に加重されたケースはほとんどないに等しく、「ウトロ放火事件裁判」においてどのような判断が示されるのか、注目されている。

 このようにみるとき、在日朝鮮人の権利をめぐる裁判は、すなわち日本の根底に流れる差別・排外主義、植民地主義と闘う裁判であり、まさに「日本の社会を映す鏡」ということができるだろう。

 これまで闘われてきた、また現在も闘われている司法闘争の意義を改めて確認しながら、あるべき社会の構築のために、差別・排外主義に屈せず、日本の植民地主義に終止符を打つべく闘っていきたい。

人権と生活54号 目次

‥∵‥∴∴‥∵‥∴人権と生活 54号 (2022年6月6日発売)∴‥∵‥∴∴‥∵‥

◆主張:在日朝鮮人の司法闘争の意義を振り返って

【特集】 排外主義・植民地主義と闘う裁判

◇表現の自由を守り、排外主義に立ち向かう―「表現の不自由展」を通してみえるもの……李春熙

◇在日コリアン弁護士への大量懲戒請求に対する損害賠償請求訴訟……金哲敏

◇群馬の森・朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑裁判……藤井 保仁

◇フジ住宅ヘイトハラスメント裁判―大阪高裁が職場で自己の民族的出自等に関わる差別的思想に晒されない人格的利益を認める……安原 邦博

◇琉球民族遺骨返還等請求訴訟について……李承現

◇映画『主戦場』裁判とは何であったか?……韓泰英

■民族教育

◇一歩前進!朝鮮幼稚園の保護者にも「支援事業」を通した国庫補助が実現……宋恵淑

◇外国人学校の保健衛生環境に係る有識者会議、寄附金に関する税制優遇措置の適用拡大を文科省に提言……金東鶴

■インタビュー

◇師岡康子さん/差別のない社会をつくるため法律を活用する

■寄稿

◇愛知県人権尊重の社会づくり条例について……裵明玉

◇アプロ実態調査からみえてきたもの――在日朝鮮人女性の声を社会変革のパワーに……方清子

■連載

差別とヘイトのない社会をめざして( 13 )ヘイト・クライム被害者救済のために……前田 朗

■会員エッセイ

◇ウトロ地区の放火事件とウトロ平和祈念館の開館……金秀煥

■会員の事務所訪問

◇あい法律事務所  李栄愛弁護士/ 私を育ててくれた長野で、同胞たちにリーガルサービスで恩返しを

■書籍紹介―人権協会事務所の本棚から

■ニュースTOPICS 

■人権協会活動ファイル

■資料

人権と生活53号 目次

‥∵‥∴∴‥∵‥∴人権と生活 53号 (2021年11月19日発売)∴‥∵‥∴∴‥∵‥

◆主張:「除外の政策」を終わらせる力―裁判支援から日常の共有へ

【特集】地域社会と朝鮮学校―朝鮮学校支援の新たな取り組み

◇高校無償化裁判を振り返って―裁判の意義と今後の課題……金舜植

◇外国人学校における学校保健活動の取り組みと課題……呉永鎬

◇誰もがともに生きる埼玉県を目指して……猪瀬浩平

◇地域における朝鮮学校の子どもたちを守り支えるための様々なカタチ ―「幼保無償化」実現にむけた闘いのなかから ……宋恵淑

◇「ととりの会」が目指すもの―愛知における「裁判後」の朝鮮学校支援運動……三浦綾希子

◇九州朝鮮高校無償化裁判、法廷闘争とその後……朴憲浩

■インタビュー

◇筒井由紀子さん/「南北コリアと日本のともだち展」に取り組んだ20年—ともだちになれるんだということを若い人たちが体現

■寄稿

◇一世の想いをつなぐ『三つの応援』 ―「だいろく友の会」の発足……伊藤光隆

◇朝鮮学校の生徒との合同文芸文集『銀河(天の川)』を発行して……佐藤天啓

◇駒澤大学における在日朝鮮人の名前使用問題について……金誠明

■連載

差別とヘイトのない社会をめざして(12) フェミサイド・ウオッチとは何か …… 前田朗

■会員エッセイ

◇イオのこれから―1996~2021、通巻300号を迎えて……張慧純

■会員の事務所訪問

◇安西社会保険労務士事務所  朴相起さん/ コロナ禍で「働き方」に転換が求められる中、高まる社労士の役割を果たしていきたい

■書籍紹介―人権協会事務所の本棚から

■ニュースTOPICS 

■人権協会活動ファイル

■資料

◇在日同胞・在日外国人 人口統計

◇在日同胞帰化許可者数統計

53号 巻頭言

「除外の政策」を終わらせる力―裁判支援から日常の共有へ

2021年7月27日。最高裁は、日本政府による「高校無償化」(以下、「無償化」)制度からの朝鮮高校除外問題に関する広島朝鮮学園と同学園の元生徒たちの上告を棄却し、上告審として受理しない決定を行った。これによって、13年1月に大阪、愛知から始まって全国五ヶ所で繰り広げられた朝鮮学校及び同校生徒・卒業生らによる「無償化」裁判はすべて終了した。

ここで改めて、生徒たちがなぜ「無償化」裁判の原告として立ち上がったかについて考えてみたい。

「これはお金の問題ではありません。民族の尊厳の問題です。私たちを人として見てください」

14年12月、「無償化」裁判の原告の一人でもあった朝鮮高校卒業生が、面前に立ちはだかる文部科学省のビルを見上げながら叫んだ言葉だ。

原告ごとに裁判に込めた想いは当然異なろうが、「無償化」裁判に関する報告集会等の場で、多くの朝鮮高校生や卒業生が同様の発言をしていたのを耳にされた方も多いだろう。そう考えると、朝鮮学校に通う朝鮮人であるというそれだけの理由で差別を受ける、その不条理な現実に反対の声を上げ、在日朝鮮人としての尊厳を守るのだという強い決意が、生徒たちが立ち上がった理由の一つに挙げられるのではないだろうか。

また、多くの生徒・卒業生は口を揃えて「自分と同じような思いを後輩たちにはさせたくない」と述べていた。自らがたたかうことで差別をなくし、差別を受ける苦しさ、つらさ、やるせなさを後輩たちには味わわせたくないという想い。そこには、日本の植民地支配からの解放直後から、先代が日本政府の弾圧にも屈さず文字通り「死守」してきた朝鮮学校という歴史的な存在を、後代のため、自分たちが継いで守らなければならないという固い信念が表れていたように思う。

このように、朝鮮高校生たち自らが主体となって立ち上がり、差別の是正と尊厳の回復、民族教育の固守を求めて日本の司法に訴えたという事実自体が、在日朝鮮人史上初の出来事として歴史に刻まれるものであり、「無償化」裁判の最も大きな意義の一つに挙げられるだろう。

そして、このような原告たちの声は、文部科学省の冷たく硬い外壁にはね返されるだけのものではなかった。その声に対して共感し、支持し、応答する人々が全国各地で共に声を上げ、原告や朝鮮学校の力になろうと無数の努力が傾けられてきた。

裁判の弁護団や支援団体の結成と拡大、原告・保護者・弁護団・学校関係者・支援団体間の連携と協力、その数々の道のりはどれひとつ取っても決して平坦ではなかっただろう。しかし、原告たちと気持ちを共にし、差別を許さず正義を求める、その一点において多くの人々の心が一つになり、その連帯の波はやがて北南朝鮮、海外へも波及した。そこに民族や国籍、性別、年齢等の垣根はなく、八年半の長きにわたった裁判が常に熱を帯びてたたかわれたのは、このように幅広く多様な連帯があったがゆえだったといえる。

そして裁判が終わった今、その熱は冷めることなく、朝鮮学校支援のための新たな努力が各地で様々に続けられている。コロナ禍での募金活動、出張授業の実施、「無償化」適用や補助金支給を求める行政交渉、朝鮮学校の歴史を学ぶセミナーや焼肉交流会の開催、掃除や備品整理等の美化活動、生徒たちの文集発行、保健室運営の支援、反ヘイト条例制定に向けた学習会の開催、財政支援のためのキムチ販売……その形がいかに多様でアイデアに溢れたものであるかについては、本号を読み進めるごとに実感いただけるはずだ。

言うまでもないが、裁判が終わったからといって日本政府の差別がなくなったわけでも、正当化されたわけでもない。今も変わらず朝鮮高校生たちは「無償化」制度から除外されており、幼保無償化制度からの朝鮮幼稚園の除外やコロナ禍での朝鮮学校差別など、日本政府は差別を是正するどころか、今も新たな差別を次々と生み出している。この朝鮮学校を標的にした「除外の政策」を終わらせるために必要不可欠なもの―それは共に差別に反対し、朝鮮学校を守り続けていく仲間たちの存在であるだろう。 疑いに満ちた眼差しでしか朝鮮学校を見られない、植民地主義的思考にとらわれた日本の司法が決めた「敗北」を嘆くよりも、笑顔や涙あふれる日常を共有し、共に抵抗することができる確かな繋がりを得られた「勝利」を歓びたい。差別に抗する人々の歴史は、今日もあちこちで紡がれていく。

52号 巻頭言

反レイシズムの連帯を拡げよう

米国において、白人警官による黒人への暴力・殺人事件はこれまでも繰り返されてきたが、2020年5月のジョージ・フロイド殺害事件を機に端を発し、全米に巻き起こった直接行動運動であるBML(Black Lives Matter)運動は世界へと拡がりをみせ、今なお世界で人種差別/レイシズムの暴力が跋扈する現実を眼前に突き付けた。

このBML運動は、日本のメディアでも大きく取り上げられたが、あたかも日本には人種差別/レイシズムが存在しないかのように、それらの多くは日本における人種差別/レイシズムを省みるものではなかった。

実際はどうか。日本政府は、歴史的に在日朝鮮人に対する差別・弾圧政策をとり続けてきたが、在日朝鮮人差別のみならず、アイヌ差別、琉球・沖縄人差別はすべて人種差別/レイシズムといえる。国連人種差別撤廃委員会から、これらの差別が人種差別撤廃条約上の人種差別にあたるとして、日本政府は繰り返しその是正を求める勧告を受け、実効的な差別禁止の立法措置が求められている。それにもかかわらず、前述のように日本に人種差別が存在しないかのような認識が支配的である原因について、梁英聖氏は「日本社会に人種差別は存在する。見えない。なぜだろうか。わかりやすい原因の一つは日本政府によって人種差別が隠されていることだ。国内で頻発している人種差別について、日本政府は調査もせず、統計もとっていない。もし交通事故や犯罪が、調査もされず統計も取られない場合、交通事故や犯罪は存在じたいが政府によって隠されてしまう。ちょうどこれと同じことが人種差別では長年にわたり続けられている。これは政府がヘイトクライム統計を公表する米国や英国の場合、政府がレイシズムを隠すことができないことと対照的である」(ちくま新書『レイシズムとは何か』)と述べる。

これに加え、日本政府は朝鮮高校・朝鮮幼稚園を「無償化」制度から除外し、コロナ禍における学生支援制度から朝鮮大学校学生を排除するなど、自ら率先して在日朝鮮人に対する差別政策をとり続けている。

このような日本政府の姿勢は地方政府にも波及し、朝鮮学校への補助金を削除する自治体が増加、昨年にはさいたま市がコロナ感染防止対策の一環として市内の幼稚園、保育園に備蓄用マスクを配布した際、同市内の朝鮮幼稚園を配布対象外とするなど(大きな批判の声があがり、その後配布が決定された)、日本において在日朝鮮人差別は構造化され、繰り返されてきた。

さらに、こうした政府による差別政策は、日本社会における在日朝鮮人に対する差別のハードルを下げてきた。たとえば80・90年代にはチマ・チョゴリ切り裂き事件など、朝鮮学校を標的にしたレイシズム犯罪が頻発、2000年代には「在特会」など過激化した排外主義者たちが日常的にヘイトスピーチを繰り返し、京都朝鮮第一初級学校(当時)を児童がいる中で襲撃(2009年)するなど、在日朝鮮人社会に大きな衝撃を与えた。昨今では、大企業であるDHCが公式サイトにおいて、代表取締役自ら「サントリーのCMに起用されているタレントはどういうわけかほぼ全員がコリアン系の日本人です。そのためネットではチョントリーと揶揄されているようです。DHCは起用タレントをはじめ、すべてが純粋な日本人です。」(2020年11月)といった露骨な民族差別発言を繰り返し、これらの発言を掲示し続けた。これについて社会的に大きな批判があがる中、同社と協定関係にある複数の自治体や関係企業からも批判を受け、同社は今年5月末にようやく同発言を削除したが、6月4日現在、公式サイトにおける経緯説明や謝罪は一切ない。近年、反差別運動の具体的成果として「ヘイトスピーチ解消法」(2016年)が施行されたが、限界も多く、未だ日本社会において反レイシズム、反差別の社会的規範が定着しているとはいえない。

梁英聖氏は、こうも述べる。「レイシズムとは、人種化して、殺す(死なせる)、権力である」(前掲書)。在日朝鮮人集住地区である大阪の鶴橋駅前では、中学生が在日朝鮮人に向け「南京大虐殺ではなく鶴橋大虐殺を実行しますよ!」と叫ぶヘイト街宣が行われたが(2013年)、「ヘイト暴力のピラミッド」の有名な図が指し示すように、偏見や先入観はやがて差別行為や暴力にいきつき、最終的にはジェノサイドへと道をひらいていく。反レイシズムは、わたしたち在日朝鮮人の命にかかわるきわめて具体的な課題である。

グローバルな反レイシズム運動に学びながら、日本における反レイシズムの連帯を拡げ、差別と暴力の根絶に向けて、進んでいきたい。

人権と生活52号 目次

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◆主張:反レイシズムの連帯を拡げよう

【特集】レイシズムとしての在日朝鮮人差別

◇レイシズムとしての在日コリアン差別をどのように分析するか──「在日特権」を生み出すレイシズム法制としての1952年体制を再論する……梁英聖

◇インターネット上のヘイトスピーチ……趙學植

◇「日本にも人種差別はある!」 ── 闘うNGOからの報告……小森恵

◇在日朝鮮人と日本の社会保障制度 ── 国籍条項を問う……金静寅

■インタビュー 

◇前田朗さん/自覚なきレイシストの国で ── 四半世紀にわたる国際人権活動の経験から

■民族教育

◇朝鮮幼稚園が子ども子育て新制度の支援の枠内に ── 幼保無償化からの朝鮮幼稚園除外問題、あらたな局面を迎える……宋恵淑

■寄稿

◇マイクロアグレッションの視点から考える在日朝鮮人差別……朴利明

◇「敵認定」の制度化とその帰結 ── 朝鮮学校と日本のレイシズム……ハン・トンヒョン

◇「14歳に満たない外国人」の起源をたどる ── 外国人登録の年令的免除者に関する覚書……鄭栄桓

■会員エッセイ

◇在日コリアン女性のハラスメント事例集を発刊して……河庚希

■会員の事務所訪問

◇SHIN司法書士事務所 辛彰男さん/同胞の目線で仕事ができる同胞社会の「かかりつけ司法書士に」

■書籍紹介―人権協会事務所の本棚から

■ニュースTOPICS 

■人権協会活動ファイル

■資料

51号 巻頭言

歴史を捻じ曲げようとする動きに抗して

 2012年12月から7年8カ月にも及んだ安倍政権。「悪夢のような民主党政権」と前の政権をこき下ろしてきた彼だが、朝鮮学校関係者にとって彼が首相に在位した7年8カ月は、就任直後に決定した「高校無償化」からの朝鮮学校排除に始まり、「幼保無償化」からの排除を経て、「学生支援緊急給付金」からの朝鮮大学校生排除に終わるまさに「悪夢」の歳月であった。

 また「新しい時代の日本に求められるのは、多様性であります」(昨年10月、国会における所信表明での発言)とも彼は言うが、彼の就任後まもなく、新大久保や鶴橋をはじめ各地でヘイトデモは激増、「ヘイトスピーチ」は2013年の流行語対象にノミネートされるに至った。

 さらに1923年の関東大震災時の朝鮮人虐殺事件について、東京都では2013年1月、高校生向けの副読本『江戸から東京へ』の「数多くの朝鮮人が虐殺された」という記述が、「碑には、大震災の混乱のなかで、『朝鮮人の尊い命が奪われました』と記されている」に差し替えられた。また、横浜市では、中学生向けの副読本『わかるヨコハマ』2012年度版において「殺害」という表現を「虐殺」に変え、その犯行に自警団のみならず軍隊や警察も関与していたことを明記したことに対し産経新聞が攻撃を加え、自民党市議が市を突き上げた。これを受けて同市はそれをすべて回収、明くる2013年度版では「虐殺」は「殺害」に戻され、軍や警察の関与についての記述も削除されるということが起きた。

 安倍政権の出帆を契機にこういった動きが、あたかもセット商品のごとく溢れだし、そして今日まで続いてきたのである。

 ヘイトをはばからない者は政党までも作り、政治活動と称して差別的言辞をまき散らし、歴史を捻じ曲げ美化しようとする者は、「群馬の森」にある強制連行犠牲者追悼碑の撤去を県をして判断させるに至り、続いて関東大震災時の虐殺による朝鮮人犠牲者の追悼碑に目を付け、これを撤去させることを画策し、行動している。

 2017年には、朝鮮人虐殺を検証し「関東大震災時には横浜などで略奪事件が生じたほか、朝鮮人が武装蜂起し、あるいは放火するといった流言を背景に、住民の自警団や軍隊、警察の一部による殺傷事件が生じた」、「特に3日までは軍や警察による朝鮮人殺傷が発生していた」などと記した内閣府中央防災会議の報告が内閣府のサイトから一時的に閲覧できなくなるという事件まで起こった(その事実が朝日新聞に載り、国会でも追及される中、再び閲覧は可能となる)。なお、こういった記述を攻撃してきた某国会議員が、朝鮮学校の「高校無償化」排除や補助金停止などを主張する急先鋒でもあることは象徴的である。歴史を糊塗しようとする者の目には、民族としての歴史的記憶を言葉や文化ともども継承することを可能にする民族教育は、邪魔なものとしか映らないのである。

 まさに目を覆いたくなるような状況だが、そのような中でも、それに異を唱え、屈せず立ち向かう人たちはこの社会にも確実に存在している。

 県の(設置期間の更新申請)不許可処分は社会通念に照らし著しく妥当性を欠く、とした「群馬の森」の追悼碑裁判おける前橋地裁判決(2018年2月14日)。職場で「在日は死ねよ」などのヘイトスピーチを含む文書を配布され、就業時間中に教科書展示会に動員され、「新しい歴史教科書をつくる会」の元幹部らが編集した育鵬社の中学教科書に好意的なアンケート回答を書くことまで求められるという精神的苦痛を味わった在日三世の女性の訴えを認め、これらを違法とし、会社と会長への損害賠償を認めた大阪地裁堺支部判決(2020年7月2日)。東京都の関東大震災時の朝鮮人犠牲者への追悼式典への誓約書提出要求撤回。2021年度から使用される中学校の教科書採択における育鵬社の歴史・公民教科書採択自治体の激減(「歴史」6.4%→1%、「公民」5.8%→0.4%)。刑事罰を盛り込んだ川崎市のヘイト禁止条例の成立・施行。

 これらの闘いの成果が、それを証明している。

 そして、その成果は、決して十分なものとは言えないまでも、私たちに一筋の光明をさし示してくれている。

 これからも、そういった人々と連なり、闘いの一翼を担い続けていきたい。

人権と生活51号 目次

‥∵‥∴∴‥∵‥∴人権と生活 51号 (2020年11月11日発売)∴‥∵‥∴∴‥∵‥

◆主張:歴史を捻じ曲げようとする動きに抗して

【特集】公論化する歴史修正主義

◇日韓における『反日種族主義』現象……加藤 圭木

◇「つくる会」系教科書の“終焉”と残された課題……鈴木 敏夫

◇日本軍性奴隷制犯罪の責任を問うための一視点―解放直後の朝鮮女性運動史から考える……李玲実

◇関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式をめぐる昨今の動きについて―「追悼辞送付中止」と「誓約書提出要請」問題を中心に……金哲秀

■インタビュー

◇康成銀さん/歴史を学び、記憶することの意味―脱植民地主義・脱冷戦に向けた歴史研究と在日朝鮮人

■民族教育

◇ここまで巻き返した朝鮮幼稚園「幼保無償化」適用問題―2020年度に行われる「調査事業」と来年度からの「支援策」への取り組み……宋恵淑

◇幼保無償化から外国人学校幼稚園を除外する日本政府に「あかんやろ」の声を!……田中 ひろみ

◇コロナ禍における朝鮮学校差別……金東鶴

■寄稿

◇フジ住宅ヘイトハラスメント裁判・第一審判決の報告……安原 邦博

■連載

◇差別とヘイトのない社会をめざして(11)/人種差別撤廃条約第四条の解釈(2)―パトリック・ソンベリーの注釈……前田 朗

■会員の事務所訪問

◇西天満法律事務所 金京美さん(弁護士)/知識と経験を生かして、同胞の権利の向上のために尽力していきたい

■最近の同胞相談事情

■書籍紹介―人権協会事務所の本棚から

■ニュースTOPICS 

■人権協会活動ファイル

■資料

『人権と生活』50号・目次

‥∵‥∴∴‥∵‥∴人権と生活 50号 (2020年6月10日発売)∴‥∵‥∴∴‥∵‥

◆主張:どのような状況にあっても、あらゆる人の権利が保障される社会を

【特集】日本の入管行政と在日外国人の人権

◇急増する外国人労働者とその人権―ローテーション政策の限界……旗手 明

◇2012年からの「新たな在留管理制度」によって発生した諸問題の解決に向けて―16歳時の更新問題、更新通知問題、身分関係証明問題を中心に……金東鶴

◇長期収容を通じて入管がくわだててきたこと……永井 伸和

◇日本の留学生政策の歴史的背景とそのビジネス化……瀬戸 徐 映里奈

◇在留特別許可の厳格化―「みそぎ帰国」を求められたフィリピン人の事例から……金銘愛

■民族教育

◇外国人学校幼稚園の子どもたちを仲間外れにしないで!―「幼保無償化」からの各種学校幼児教育施設除外問題……宋恵淑

◇外国人の子どもの教育にかかわる今日的課題……小島 祥美

■連載

◇差別とヘイトのない社会をめざして(10)/人種差別撤廃条約第四条の解釈(1)―パトリック・ソンベリーの注釈……前田 朗

■会員の事務所訪問

◇黄公認会計士・税理士事務所 黄聖銖さん/若い世代へつないでいくケジュボンに

■最近の同胞相談事情

■書籍紹介―人権協会事務所の本棚から

■ニュースTOPICS 【レポート】さいたま市が備蓄マスク配布対象から朝鮮幼稚園を除外(3月6日)

■人権協会活動ファイル

■資料

50号 巻頭言

どのような状況にあっても、あらゆる人の権利が保障される社会を

「(マスク)1箱が欲しいのではない。子どもの命を平等に扱ってほしい」

2020年3月、新型コロナウイルスの感染防止策として市内の幼稚園や保育所への備蓄マスクの配布を開始したさいたま市は、当初、同市内にある埼玉朝鮮初中級学校幼稚部をマスクの配布対象から除外していた。この問題を受けて、同幼稚部の園長は冒頭のように語った。

市は、朝鮮学校関係者や本協会など多数の個人・団体による抗議の声を受け、結果的には朝鮮学校も配布対象に含めた。しかし、市はあくまで差別的な意図はなかったと主張し、当初の除外措置に対する謝罪を求める多くの市民の声にも応じなかった。

このときに市が自らの措置を正当化する根拠として持ち出したのは、朝鮮学校は「幼保無償化」制度の対象ともなっておらず、市が指導監督や指導監査を行う対象施設ではないという、マスク配布の目的であるウイルスの感染拡大防止とはなんら関係のないものだった。

市によるこのたびの措置は、平常時における行政による差別が、いとも簡単に緊急時における「命の差別」へと繋がるという恐ろしい現実を私たちに示している。

振り返れば2013年、東京・町田市の教育委員会が、市内の学校に通う児童への防犯ブザーの配布対象から朝鮮学校を排除する決定を行ったのも(抗議の声を受けて後に撤回されたが学校への正式な謝罪はなされなかった)、「高校無償化」制度からの朝鮮学校除外という日本政府による差別に便乗したものだったといえる。

言うまでもなく、特定の集団に属する人びとの健康や生命を、平常時の差別と結びつけて軽視することは、人権と人道の観点から絶対に許されてはならないことだ。にもかかわらず、とりわけ行政がそのような措置をとることは、市井の人びとに「朝鮮人には何をしてもよい」といわんばかりの強力なメッセージを発し、朝鮮学校や在日朝鮮人への差別を煽動することになる。

実際、さいたま市の問題に際しては「文句があるならお帰り頂ければ」「マスクが欲しいなら拉致被害者と交換しろ」「朝鮮保育園にマスクを支給すると本国へ送り軍事転用されるから支給反対」などのヘイトスピーチやデマがネット上に溢れた。

このような事態を引き起こしておきながら、「命の差別」を行った事実を頑なに認めず、当事者への謝罪すらまともに行っていないさいたま市、またこうした差別や草の根のヘイトスピーチを傍観・放置し、朝鮮学校への制度的差別を改めない日本政府の態度を改めて強く批判したい。

◇   ◇   ◇

このたびの新型コロナウイルスの脅威は、朝鮮学校や在日朝鮮人のみならず、社会的に周縁化されている人びとの権利が平常時から十全に保障されていない状況を改めて鮮明にあぶり出している。

例えば入管施設に収容されている外国人住民は、普段から劣悪な居住環境や医療状況に置かれているため、ウイルス感染のハイリスクにさらされている。仮に収容を免れたとしても、制度的に就労が認められていないがゆえの生活困窮や当局による摘発への恐れから、健康に不安があっても医療機関へのアクセスが叶わない人びとも多いだろう。

また、安価な労働力確保策として利用されている技能実習制度のもとで働く外国人技能実習生の多くも、多額の借金や長時間労働、賃金未払い、ハラスメントなどの過酷な労働環境ゆえに日常的に健康を保ちにくく、感染のリスクが高いといえる。そのうえ、多くはコロナ禍の影響で真っ先に解雇の対象となり、生活の見通しがつかない状況に追いやられている。

こうした状況から見えてくるのは、ウイルスはその人の国籍や民族などの属性を問わず平等に感染するが、ウイルスに感染するリスクやウイルスの弊害は、その人の属性によって不平等にもたらされるという現実だ。「ウイルスとの戦い」が声高に叫ばれる今、私たちが真に立ち向かうべきは、こうした不平等な状況をつくり出している公権力や、そのような社会を構成する私たち一人ひとりの心に潜む他者への偏見や差別ではないだろうか。

どのような状況にあっても、あらゆる人の権利が保障される社会を目指し、今後も声を上げていきたい。