jinken のすべての投稿

『人権と生活』57号 主張

ヘイトのピラミッドを打ち崩す場としての朝鮮学校で

 米国の反ヘイト団体であるAnti-Defamation Leagueが作成した「ヘイトのピラミッド」(46頁参照)は、デマを信じたり受け入れたりするなどの先入観に基づく態度や、いじめや嘲笑などの偏見に基づく行為がピラミッドの下部に位置し、それらが、政治・教育・雇用などにおける差別行為、殺人・放火・脅迫などの暴力行為、特定の集団に対するジェノサイドから成るピラミッドの中間部から上部を下支えしていることを分かりやすく示している。

 このピラミッドに日本における在日朝鮮人の人権状況を当てはめてみると、ネット上に氾濫するデマを信じるコメントなどの先入観に基づく態度、ヘイトスピーチなどの偏見に基づく行為、「高校無償化」制度からの朝鮮学校除外などの差別行為、ウトロ地区への放火事件・朝鮮学校生徒へのヘイトクライムなどの暴力行為に至るまで、在日朝鮮人への「ヘイトのピラミッド」は着々と積み重なっており、100年前の関東大震災時の朝鮮人虐殺というジェノサイドを彷彿とさせる危機的な状況が迫っているといえる。

 在日朝鮮人への「ヘイトのピラミッド」を下支えするのが在日朝鮮人への先入観や偏見だということは、ウトロ地区放火事件の犯人が、「ウトロ地区の住民が土地を不法に占拠している」「在日朝鮮人は日本人よりも優遇されている」などのネット上のデマを鵜呑みにし、在日朝鮮人への差別的な動機に基づいて犯行に至ったことを考えれば容易に納得がいく。

 犯人には在日朝鮮人の知人もいなかったというが、もしも犯人に在日朝鮮人の知人がいれば、ウトロや在日朝鮮人の歴史を正しく学んでいれば、事件は起こらなかったのではないかと思わざるを得ない。事件後、ウトロの住民が放火後の焼け跡を見ながら話したという「もし、火をつけた青年がここへ来ていたらご飯を食べさせてあげたのに。そしたらあんな大それたことせんでも済むやん」との言葉は、まさに事件の本質を突いている。

 在日朝鮮人と出会い、言葉を交わし、知り合っていく。そのプロセスが在日朝鮮人への先入観や偏見を正し、ひいては在日朝鮮人への差別・暴力・ジェノサイドを食い止める防波堤になるのだとしたら、日本各地にある朝鮮学校は、日本で在日朝鮮人と確実に出会い、知り合うことのできる場として、その防波堤の役割を果たしているといえるのではないだろうか。朝鮮学校の子どもたちと触れ合える公開授業、七輪を囲んで焼肉をつつきあう食事交流会、地域の住民が列をなして開門を待つバザーやお祭り……。朝鮮学校は機会あるごとにその門戸を開きながら、誰もが在日朝鮮人と出会える場を提供すべく日々努力を続けている。朝鮮学校を知ることがすなわち在日朝鮮人の歴史と現在を知ることにつながり、在日朝鮮人の歴史と現在を知ることがすなわち、在日朝鮮人への差別や暴力にともに立ち向かう仲間を増やすことにつながるからだ。

 実際、朝鮮学校と出会った人々の多くが、それまで持っていた自らの先入観や偏見に基づく朝鮮観を問い直し、日本政府や自治体による各種支援制度からの朝鮮学校の除外など、現在も続く日本の植民地主義の有り様に憤り、その根絶のために立ち上がっている。学校給食の対象外である朝鮮学校の子どもたちのために給食をつくって提供する。日本政府や自治体からの支援がほぼ皆無であるため厳しい運営を強いられている学校を支えようと、保護者たちが販売するキムチを買って財政を支える。生徒たちの感性豊かな絵画を多くの人々が鑑賞できるよう、各地で展示会を開催する。コロナ禍での学校支援策からも除外された朝鮮学校のために、寄付金を募って渡す。その姿を、そのつながり方を、ぜひ本誌で確認してほしい。そして、もしあなたに在日朝鮮人の知人がいなければ、ぜひ気軽に近くの朝鮮学校とつながってほしい。

 ピラミッドの土台が崩れれば、その上部も自ずと崩れていく。その日を信じて、ヘイトのピラミッドを打ち崩す場としての朝鮮学校で、今日も人々はつながっていく。

『人権と生活』57号目次

人権と生活_57号表紙

■主張 ヘイトのピラミッドを打ち崩す場としての朝鮮学校で

■【特集】朝鮮学校とのつながり方~食べる・学ぶ・交わる~

◇日本人の責任として――城北ハッキョを支える会の活動 ……大村和子

◇トングラミ(川崎朝鮮初級学校の市民給食会)の活動――朝鮮学校とまーるくつながる―― ……平賀萬里子

◇差別を許さない仲間をつくる埼愛キムチ活動! ……金範重

◇山陰学美展は、こうして始まった。そして・・・ ……三谷昇

◇授業でも交流しよう!――千葉朝鮮初中級学校―― ……堀川久司

◇共に未来をつくる『友』として――「静岡朝鮮学校・友の会」の活動から―― ……林容子

■インタビュー

◇長崎由美子さん/朝鮮学校を支援し、差別と闘う活動には普遍的意義がある

■民族教育

◇朝鮮学校の子どもたちに東京都の補助金復活を! ……猪俣京子

■トピック

◇入管特例法等の改正――特別永住者証明書等の16歳の更新時の期限超過に対する刑事罰適用はなくなることに ……金東鶴

◇ヘイトクライムを再生産する日本の差別・排外主義―MBSラジオ社への抗議運動の経験から考える ……文時弘

■寄稿

◇日本のなかの「境界」――大村入国者収容所と在日朝鮮人―― ……李英美

◇在日朝鮮学生共同研究実践プロジェクト・朝鮮人犠牲者追悼碑調査活動について ……宋知樺

■連載

差別とヘイトのない社会をめざして(16)ジェノサイドと上官の責任――関東大震災朝鮮人虐殺のタブー・摂政裕仁の責任をめぐって ……前田朗

■会員の事務所訪問

◇蔡成浩さん(不動産鑑定士)/同胞社会のニーズを汲みながら、専門家集団としての役割を果たしていきたい

■会員エッセイ

◇百年の指針 ……鄭優希

■書籍紹介~人権協会事務所の本棚から~

■注目ニュース

■人権協会活動ファイル 2023・5~2023・10

■資料 在日同胞・在日外国人人口統計、在日同胞帰化許可者数統計

『人権と生活』56号目次

【56号正誤表】

1. 誤字:9頁 上段 11行目 「真理」→「心理」

2. 挿入:10頁 下段 19行目 「なくなり、自助融和会による――」→「なくなり、37年9月は自助融和会による――」

3. 誤字:11頁 注26 「35年の追悼会を最後に」→「翌36年の追悼会を最後に」

■主張 声をあげ続けよう、関東大震災時の悲劇が繰り返されることのないように

■【特集】関東大震災朝鮮人虐殺100年に際して

◇関東大震災朝鮮人虐殺に対する植民地期在日朝鮮人運動と100年目の課題……鄭永寿

◇関東大震災の流言蜚語と大阪の朝鮮人――そして最近の虐殺事件矮小化の動向に対する記憶の継承の重要性……塚﨑昌之

◇関東大震災時の朝鮮人虐殺の歴史的背景――日本軍隊の植民地戦争経験から……慎蒼宇

1923年9月3日の「体験」とは何であったか――ドーティー/ジョンストン日記を読む……鄭栄桓

◇東京都人権部による歴史否定と在日コリアンへの差別を理由とした「検閲・上映中止決定」が明らかにしたこと……飯山由貴

■インタビュー

◇梓澤和幸さん/「在日外国人という問題は、日本人一人一人の生き方と世界像の変革をせまっている」

■民族教育

◇広がり、積み重なる朝鮮学校差別是正勧告――国連・自由権規約委員会第7回日本審査と第4回UPR日本審査を受けて……朴金優綺

■寄稿

◇佐渡鉱山・朝鮮人強制労働の実態……竹内康人

◇『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』をめぐって―歴史と向き合うことの意義……熊野功英

■連載

差別とヘイトのない社会をめざして(15)コリアン・ジェノサイドを考える――関東大震災朝鮮人虐殺100年を契機に……前田朗

■追悼

◇故・洪祥進氏を追悼して……空野佳弘・尹峰雪

■会員エッセイ

◇日本軍性奴隷制サバイバーと4・23アクション〜“出会う”と“これから”を共有する場を志向して〜……池允学

■会員訪問

◇瀬戸徐映里奈さん(近畿大学人権問題研究所所員)

■書籍紹介~人権協会事務所の本棚から~

■ニュースTOPICS

■人権協会活動ファイル 2022・11~2023・4

■資料 出生死亡(1955―2021)、同胞婚姻統計(1955-2021)、同胞離婚統計(1955-2021)

MBSラジオの番組内における暴言問題について

 ※2023年4月3日追記有

 本年2月21日、関西のAM放送局であるMBSラジオの番組『上泉雄一のええなぁ!』において、ゲストスピーカーであった上念司氏が、朝鮮学校に対して「スパイ養成的なところ」と発言するなど、朝鮮学校に通う生徒をはじめ在日朝鮮人の人権を脅かし、またそれを扇動するような、到底看過できない発言を繰り返し、番組においてそのまま放送されました(詳細は以下「質問状」参照)。

 今回、それが個人ではなく極めて公共性の高い民間放送局の番組においてなされたことは、その社会的影響から極めて重大な問題があると考え、人権協会傘下の関西3団体(大阪人権協会・兵庫人権協会・京都協議体)の連名で3月3日付で質問状を送り、社の立場を確認したところ、MBSラジオ社からは、3月14日付の回答が送られてきました。

 MBSラジオ社の回答によれば、本協会からの質問状を受けて、①3月10日の当該番組内の放送において「お詫び」をし、②同3月10日の1日の間、「お詫び」(以下画像参照)をMBSラジオサイト内の当該番組の紹介ページで掲載したこと、③YouTube上で配信されている当該放送分につき、「スパイ養成的なところもあったり」という発言部分のみをカットしたこと(配信自体は継続)が確認されました。

 しかし、本回答における、当該発言が「子どもたちの人権を守る」論旨からなされたとの主張は到底首肯しうるものではなく、その他質問にも真正面から答えるものではないこと、かつ「お詫び」の内容も不十分であるのみならず掲載が1日に限られるものであったこと、さらにYouTube上の配信については当該発言をカットするのみでなんの説明も付記されていないことなど、あまりに対応として不誠実かつ不十分なものであると言わざるをえません。

 したがって、人権協会傘下の関西3団体は当該「質問状」およびMBSラジオ社の回答および現在の対応を公表し、その問題性を改めて喚起するとともに、引き続きMBSラジオ社の誠実な対応を求めます。

2023年3月15日

※ ※ ※ 以下、4月3日 追記 ※ ※ ※

 MBSラジオ社の不十分な対応を受けて、改めて「抗議・要請書」を3月24日、MBSラジオ社役員との直接面談の場において提出しました。「抗議・要請書」に、その後の経緯も反映されています。以下、 「抗議・要請書」 原文を転載します。

抗議・要請書

3月24日

                              在日本朝鮮人大阪人権協会
                             在日本朝鮮人兵庫人権協会
                           在日本朝鮮人人権協会京都協議体

私ども在日本朝鮮人人権協会は、本年2月21日に放送された貴社ラジオ番組『上泉雄一のええなぁ!』のゲストスピーカーであった上念司氏が、下記の通り発言(一部抜粋)した件につき、3月3日付の質問状を送付し、貴社の立場を確認するとともに抗議をしてまいりました。

その後、貴社は、質問状について3月14日付で回答し、当該回のオンライン配信について一部のみをカットし、3月10日のわずか1日のみ「お詫び」を番組ホームページ内に掲載しました。

しかし、貴社から送付された上記回答は、私どもの質問に明確に答えるものではないばかりか、当該発言内容が、総じて朝鮮学校の名誉を毀損し、朝鮮学校ひいては在日朝鮮人への攻撃を煽るメッセージ性をもった極めて危険な発言であるという深刻な問題性をまったく認識しておらず、公共性・公益性を有する放送局としての責任を受け止めるものではありませんでした。とりわけ、上念氏の当該発言は「子どもたちの人権を守る」ことが論旨であるとした貴社の見解はおよそ首肯できるものではなく、上念氏、ひいては自社を擁護するための詭弁としか受け止めることができません。

また、番組ホームページ上に掲載された「お詫び」の内容も、あくまで「誤解を与える内容」であったことについてのみ言及する極めて不十分な内容であるのみならず、その「お詫び」すら、1日のみ掲載するというあまりに不誠実な対応でした。

そうした対応を受け、私どもが一連の事実を公表した後、貴社に対する批判の声はより大きくなり、各メディアにおける報道においても大きくとりあげられたことから、貴社は、番組ホームページに掲載していた「お詫び」を再掲し、インターネット上で配信していた当該回を停止するに至りました。

貴社の説明によれば、「朝鮮学校生徒らへの二次被害を防止するために1日のみのお詫びの掲載をした」とのことですが、およそ理由になっていないばかりか、「二次被害」が起こりうるような危険性を認識しているのであれば、より誠実に、より具体的な対応をとるべきでした。それにも関わらず、上記の対応以外なんらの措置もとられてこなかったことから、3月20日に実施された貴社との直接面談の場で、朝鮮学校保護者とともに改めて抗議の意思を伝えるとともに、翌日の上念氏出演回における本人による謝罪の意の表明、また質問状への明確な回答および再発防止のための取り組みの実施の要請を行いました。

しかしながら、謝罪の意の表明はおろか、居直るような発言を繰り返す上念氏を当該番組に通常通り出演させるなど、むしろ貴社は「お詫び」に表明していた立場すら放棄し、上念氏の発言を追認する立場に立ったものと判断せざるをえない対応に終始しました。

高まる貴社への批判の声を背景に、3月23日、貴社は上念氏の番組降板を公表しましたが、同日、当該番組Twitterアカウントにて、改めて上念氏の発言が「ヘイトスピーチにはあたらない」との見解を表明し、上念氏が自身のYouTubeチャンネルにおいて「最後まで守ってくれたスタッフの皆さん、上泉雄一さんありがとう!」と書いているとおり、貴社は上念氏を降板させる判断をとりつつも、上念氏と認識においてその差はなく、今後も同様の発言を「論評」として許容する立場であることは明白です。

いうまでもなく、私どもは、上念氏の降板によって問題が解決したとは全く考えていません。かつての京都朝鮮学校襲撃事件やウトロ放火事件をみても明白なように、在日朝鮮人を標的としたヘイトクライムが頻発している昨今の社会状況の中で、公共性の高い放送局においてこうした発言が跋扈することが、いかに在日朝鮮人、とりわけ朝鮮学校の保護者や生徒たちの日常に恐怖をもたらしているか、今一度、想像力を働かせて抗議の声を誠実に受け止め、公共性・公益性を有するマスメディアとしての責任を果たすべきことを貴社に繰り返し強く求めます。

そこで、私どもは、本日の貴社との直接面談の場において、改めて本件について強く抗議するとともに、以下、要請いたします。

併せて、貴社が具体的にどのように取り組まれるのかについて、本年3月末日までに書面による回答を求める次第です。

要 請

  • 本件に関する事実の経緯、および在日朝鮮人への差別を許さず、いかなるヘイトも容認しないという貴社の立場を明確にしたステートメントを発表し、当該番組ではなく貴社のホームページ上に一定期間掲載すること。
  • 公共性・公益性を有するマスメディアとしての責任と使命を自覚し、社内教育をはじめとした、再発防止のための取り組みを継続的に行うこと。

以上

 

当該「抗議・要請書」に対し、3月31日、MBSラジオ社より本協会に直接回答が手渡され、その内容に関する説明がありましたので、これを公表します。

 回答にあたり、3月24日の直接面談で表明された保護者など当事者の声を社として重く受け止める中で、朝鮮学校・民族教育に対する無理解があったことを表明し、その「知見を深める努力」を具体的に進める旨の表明がありました。しかし、依然として上念氏の発言については「ヘイトスピーチにはあたらず論評である」との見解を撤回していません。

 また、要請項目に掲げた、社としての反差別・反ヘイトのステートメントの発表も否定する内容であり、およそ不十分な内容と判断せざるをえません。これについては、「コンプライアンス憲章」がすでに掲示されている旨の回答がありましたが、今回の事態はこの憲章が掲げられている中で起こったことであり、本件についての具体的な対応としてはなんの説明にもなっていません。再発防止策として、本件の個別具体的な経緯を反映させたステートメントが発表されてこそ、はじめて意味のあるものとなるはずです。

 回答および説明を受け、MBSラジオに限らず、今後マスメディア全般において同様の事態が発生しないよう、BPOへの申し立てをする判断をし、3月31日付の申立書を4月1日に送付しました。

 引き続き、今回の問題について注視いただければと思います。

2023年4月3日

人権と生活55号 目次

‥∵‥∴∴‥∵‥∴人権と生活 55号 (2022年11月日発売)∴‥∵‥∴∴‥∵‥

************55号訂正のお詫び** **********

●p11補足資料:[誤]【1951年】4.19 日本政府、朝鮮人は「日本国籍喪失」を通達→[正]【1952年】4.19 日本政府、朝鮮人は「日本国籍喪失」を通達

●p50上段8行目:[誤]「権爀泰」→[正]「権赫泰」 ※以後同様

●p52中段:最終パラグラフ→[正]「周知のように入管特例法制定による1991年に……一本化され、協定永住者や特例永住者などのかつての「法126」該当者はすべて特別永住者に統一された。」


以上、お詫びして訂正いたします。【編集部】

*******************************

◆主張:サンフランシスコ平和条約発効70年に際して

【特集】サンフランシスコ平和条約は在日朝鮮人に何をもたらしたのか?――条約発効とその後の70年を考える

◇解放後の在日朝鮮人の国籍問題と法的地位の確立 ――対日講和条約と法務府民事局長通達……金昌宣 

◇「朝鮮国連軍」協力の論理と国籍問題 ――入国管理庁長官「6・21通達」(1952年)を読み直す……鄭栄桓

◇サンフランシスコ講和条約と在日朝鮮人の生存権……金耿昊 

◇戦後日本の教育制度と外国籍――就学義務制と「当然の法理」から考える……呉永鎬 

■民族教育 

◇九州人権協会による性教育の取り組みについて……朴憲浩、金梨美 

◇民族教育の権利拡充運動において意義ある一歩 ――朝鮮幼稚園の保護者にも「支援事業」を通した国庫補助が実現……宋恵淑

 ■講演録

 ◇田中宏さん/朝鮮学校は「炭鉱のカナリア」――あれこれ考えること

 ■寄稿

 ◇「ウトロ放火事件」被害者弁護団員としての活動報告……玄政和

 ◇定住者資格で日本に生きる在日朝鮮人として……金美恵 

■連載 差別とヘイトのない社会をめざして(14)

◇ ヘイト・クライム被害者救済のために(2)――EU政策報告書の紹介……前田朗

■会員エッセイ 

◇金紀愛さん/真にポグムチャリ(拠り所)たる同胞社会の実現を目指して

■会員訪問/鄭祐宗さん(大谷大学准教授)

■祝!開業 人権協会会員の事務所紹介

■書籍紹介―人権協会事務所の本棚から

■ニュースTOPICS

■人権協会活動ファイル

■巻末資料

◇在日同胞・在日外国人  人口統計
◇帰化許可者統計
◇共同通信記事/在日朝鮮人差別問題 前・後編 



55号 巻頭言

サンフランシスコ平和条約発効70年に際して

1952年 4月28日、サンフランシスコ平和条約(サ条約)発効 のその日は、日本にとって主権を回復した記念すべき日というのが一般的な認識である。しかし、多くの人はその日が在日朝鮮人の処遇において大きな転換点となった 日であることは全く知らないであろう。

その日、在日朝鮮人は、日本国籍を「喪失」したというのが日本政府の立場である。

それによって、「在日朝鮮人は日本国籍者だから 日本の学校に行け」との「理屈」で1948・49年の相次ぐ閉鎖措置により民族学校閉鎖を進めた日本政府は、今度は、「事情の許す範囲で従前どおり在日朝鮮人を引き受けてもいいが日本の公立学校で引き受ける義務はない」と手のひらを返した。一方、在日朝鮮人が閉鎖令の嵐にも屈することなく各地で再建を進めた民族学校に対しては、学校として当然受けるべき制度的保障の対象の枠外に放置した。

また、「外国人登録令」は「外国人登録法」となるとともに指紋押捺制度が盛り込まれることとなり、生活保護もその対象者である国民ではなくなったということで「権利」としての保障された受給ではなく、あくまで「恩恵」としての受給となった。その後も国民年金制度発足時(1959年)に、その対象を日本国籍者のみにするという国籍条項を設けるなど社会保障の多くの分野で国籍の壁を設けた。またサ条約発効後に設けられた数々の戦傷者、戦没者遺族への援護制度においても同様の壁を設けた。

当時の圧倒的多数の朝鮮人は文字通り「解放民族」としての扱いを求めていた。当然のことながら日本政府はこの要求に応えるべきであった。「日本国籍を喪失した」とする在日朝鮮人に対し、日本国民でなくとも基本的人権を保障するという観点に立ち、その長期滞在により生活の本拠地が日本となっているといった実態、それに至った歴史的経緯に鑑み、社会保障をはじめ、あらゆる分野において差別することなく日本人と同等に扱うのはもちろん、日本帝国主義による植民地支配の被害者に対する原状回復義務に基づいて、喪失させられた言葉や文化の取得を積極的に保障していくといった措置がとられるべきであったことは言うまでもない。

しかし、日本政府はサ条約以降、まさにその真逆の対応をしたのである。

その後、在日朝鮮人やこころある日本の市民らの闘い、また、1979年の国際人権規約(社会権規約、自由権規約)や1981年の難民保護条約への批准もあり、社会保障における国籍条項の多くは無くなるなど数々の前進があった。

しかしながら、未だ一定年齢以上の障害者や高齢者が制度的無年金状態に置かれており、生活保護受給も「権利」ではなく「恩恵」にとどまっているなど未解決のものも少なくない。

とりわけ民族教育への差別は「高校無償化」・「幼保無償化」問題、またコロナ禍で実施された「学生支援緊急給付金」からの朝鮮大学校除外など 、最近のものだけを挙げても枚挙にいとまがない。日本の学校においても、いわゆるニューカマーへの日本語教育は論じられても民族教育の保障などは論じられない。日本の学校で民族教育を保障しないことと、民族教育を保障する朝鮮学校を各種支援制度から除外していくことは、戦後も変わらず続く同化政策の両輪である。

日本政府は、国籍問題についてはサ条約に則り、原状回復の一環だという「理屈」で国籍の一律的喪失措置をとっておきながら、喪失させられた言葉や文化の原状回復についてはひどく冷淡な態度をとり続けているのである。

このように、植民地支配期における皇民化政策と呼ばれた同化政策は、植民地を正当化するために日本国民に植え付けた朝鮮等への優越感、差別意識とともに、現在に至るまで連綿と引き継がれている。植民地を手放さざるを得なくなった敗戦後の日本においても、植民地支配を正当化し、支えた「思想」・「政策」は、敗戦や主権回復という歴史の節目節目においても清算されることのないまま、継続する植民地主義として、在日朝鮮人をはじめとする民族的マイノリティーを抑圧し、その人権を踏みにじり、その尊厳を傷つけ続けているのである。

かつては植民地支配正当化のための偏見まで政策的に植え付けられ、今はインターネット上での差別的書き込み、フェイクニュースに晒されながらも、在日朝鮮人やその置 かれてきた状況について実際にはほとんど何も知らないでいるこの日本社会で生きる多くの人々に事実をどう伝えていくかが非常に重要である。『人権と生活』 もその一翼を担っていきたい。

54号 巻頭言

在日朝鮮人の司法闘争の意義を振り返って

 「在日朝鮮人の歴史は権利闘争の歴史である」というフレーズは、これまで何度も繰り返されてきたものである。事実、わたしたち在日朝鮮人の勝ち取ってきた権利は、なにひとつ自明に「与えられてきた」ものはなく、闘争を通じて自ら勝ち取ってきたものばかりである。

 解放後も、日本政府は植民地支配責任をなんら果たすことなく、むしろ日本で生活を続けた在日朝鮮人は「法の下」にあらゆる差別を受けてきた。しかし、それを決して座視せず、権利を勝ち取るためにあらゆる闘争を繰り広げてきた歴史がある。

 とりわけ、司法闘争はマイノリティが公にその差別を問い、権利のために闘うことができる数少ない手段のひとつであり、在日朝鮮人当事者はこれまで数多くの裁判を闘ってきた。     

 そして、在日朝鮮人に対する就職差別に初めて真正面から闘った「日立就職差別裁判」(1974年横浜地裁判決)や入居差別と闘った裁判など、画期的な判決を勝ち取ってきた。

 もちろん司法もまた「日本」という制度の一部でもあり、こうした「勝利」よりも数多くの不当判決を突き付けられてきたことから、日本の司法に対する不信や失望は大きい。しかし、その闘争の中で積み上げてきた議論の意義の大きさも計り知れない。全国5か所で闘われた「朝鮮高校無償化裁判」は、結果的には全地域が敗訴となったが、大阪地裁においては、朝鮮学校と民族団体である朝鮮総聯との歴史的関わりを踏まえ、民族教育の重要な意義を認めた画期的な判決を勝ち取った。また、司法闘争を通じて朝鮮学校への理解と支援の輪は地域・国を超えた拡がりをみせている。

 一方、在日朝鮮人に衝撃を与えた「京都朝鮮学校襲撃事件」(2009年)は、いまもって記憶に新しいが、現在裁判係属中である京都府宇治市のウトロ地区における放火事件(2021年)において、被告は「在日コリアンに恐怖を与える狙いがあった」と、その差別的動機を認めている。朝鮮学校補助金停止問題に端を発する「弁護士大量懲戒請求事件」(2017年~)や右翼活動家による「総聯中央会館銃撃事件」(2018年)など、現代日本において頻発している差別・排外主義の発露であるヘイトクライムは、いまなお私たち在日朝鮮人の日常生活を脅かす深刻な問題である。

 「京都朝鮮学校襲撃事件裁判」において、民事訴訟では司法が初めて人種差別撤廃条約上の人種差別に該当すると認定し、そのことが損害賠償額にも反映されるという画期的な判決(2013年京都地裁判決)が出された。しかし、刑事裁判においては、いまだ量刑判断において差別的動機を根拠に加重されたケースはほとんどないに等しく、「ウトロ放火事件裁判」においてどのような判断が示されるのか、注目されている。

 このようにみるとき、在日朝鮮人の権利をめぐる裁判は、すなわち日本の根底に流れる差別・排外主義、植民地主義と闘う裁判であり、まさに「日本の社会を映す鏡」ということができるだろう。

 これまで闘われてきた、また現在も闘われている司法闘争の意義を改めて確認しながら、あるべき社会の構築のために、差別・排外主義に屈せず、日本の植民地主義に終止符を打つべく闘っていきたい。

人権と生活54号 目次

‥∵‥∴∴‥∵‥∴人権と生活 54号 (2022年6月6日発売)∴‥∵‥∴∴‥∵‥

◆主張:在日朝鮮人の司法闘争の意義を振り返って

【特集】 排外主義・植民地主義と闘う裁判

◇表現の自由を守り、排外主義に立ち向かう―「表現の不自由展」を通してみえるもの……李春熙

◇在日コリアン弁護士への大量懲戒請求に対する損害賠償請求訴訟……金哲敏

◇群馬の森・朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑裁判……藤井 保仁

◇フジ住宅ヘイトハラスメント裁判―大阪高裁が職場で自己の民族的出自等に関わる差別的思想に晒されない人格的利益を認める……安原 邦博

◇琉球民族遺骨返還等請求訴訟について……李承現

◇映画『主戦場』裁判とは何であったか?……韓泰英

■民族教育

◇一歩前進!朝鮮幼稚園の保護者にも「支援事業」を通した国庫補助が実現……宋恵淑

◇外国人学校の保健衛生環境に係る有識者会議、寄附金に関する税制優遇措置の適用拡大を文科省に提言……金東鶴

■インタビュー

◇師岡康子さん/差別のない社会をつくるため法律を活用する

■寄稿

◇愛知県人権尊重の社会づくり条例について……裵明玉

◇アプロ実態調査からみえてきたもの――在日朝鮮人女性の声を社会変革のパワーに……方清子

■連載

差別とヘイトのない社会をめざして( 13 )ヘイト・クライム被害者救済のために……前田 朗

■会員エッセイ

◇ウトロ地区の放火事件とウトロ平和祈念館の開館……金秀煥

■会員の事務所訪問

◇あい法律事務所  李栄愛弁護士/ 私を育ててくれた長野で、同胞たちにリーガルサービスで恩返しを

■書籍紹介―人権協会事務所の本棚から

■ニュースTOPICS 

■人権協会活動ファイル

■資料

人権と生活53号 目次

‥∵‥∴∴‥∵‥∴人権と生活 53号 (2021年11月19日発売)∴‥∵‥∴∴‥∵‥

◆主張:「除外の政策」を終わらせる力―裁判支援から日常の共有へ

【特集】地域社会と朝鮮学校―朝鮮学校支援の新たな取り組み

◇高校無償化裁判を振り返って―裁判の意義と今後の課題……金舜植

◇外国人学校における学校保健活動の取り組みと課題……呉永鎬

◇誰もがともに生きる埼玉県を目指して……猪瀬浩平

◇地域における朝鮮学校の子どもたちを守り支えるための様々なカタチ ―「幼保無償化」実現にむけた闘いのなかから ……宋恵淑

◇「ととりの会」が目指すもの―愛知における「裁判後」の朝鮮学校支援運動……三浦綾希子

◇九州朝鮮高校無償化裁判、法廷闘争とその後……朴憲浩

■インタビュー

◇筒井由紀子さん/「南北コリアと日本のともだち展」に取り組んだ20年—ともだちになれるんだということを若い人たちが体現

■寄稿

◇一世の想いをつなぐ『三つの応援』 ―「だいろく友の会」の発足……伊藤光隆

◇朝鮮学校の生徒との合同文芸文集『銀河(天の川)』を発行して……佐藤天啓

◇駒澤大学における在日朝鮮人の名前使用問題について……金誠明

■連載

差別とヘイトのない社会をめざして(12) フェミサイド・ウオッチとは何か …… 前田朗

■会員エッセイ

◇イオのこれから―1996~2021、通巻300号を迎えて……張慧純

■会員の事務所訪問

◇安西社会保険労務士事務所  朴相起さん/ コロナ禍で「働き方」に転換が求められる中、高まる社労士の役割を果たしていきたい

■書籍紹介―人権協会事務所の本棚から

■ニュースTOPICS 

■人権協会活動ファイル

■資料

◇在日同胞・在日外国人 人口統計

◇在日同胞帰化許可者数統計

53号 巻頭言

「除外の政策」を終わらせる力―裁判支援から日常の共有へ

2021年7月27日。最高裁は、日本政府による「高校無償化」(以下、「無償化」)制度からの朝鮮高校除外問題に関する広島朝鮮学園と同学園の元生徒たちの上告を棄却し、上告審として受理しない決定を行った。これによって、13年1月に大阪、愛知から始まって全国五ヶ所で繰り広げられた朝鮮学校及び同校生徒・卒業生らによる「無償化」裁判はすべて終了した。

ここで改めて、生徒たちがなぜ「無償化」裁判の原告として立ち上がったかについて考えてみたい。

「これはお金の問題ではありません。民族の尊厳の問題です。私たちを人として見てください」

14年12月、「無償化」裁判の原告の一人でもあった朝鮮高校卒業生が、面前に立ちはだかる文部科学省のビルを見上げながら叫んだ言葉だ。

原告ごとに裁判に込めた想いは当然異なろうが、「無償化」裁判に関する報告集会等の場で、多くの朝鮮高校生や卒業生が同様の発言をしていたのを耳にされた方も多いだろう。そう考えると、朝鮮学校に通う朝鮮人であるというそれだけの理由で差別を受ける、その不条理な現実に反対の声を上げ、在日朝鮮人としての尊厳を守るのだという強い決意が、生徒たちが立ち上がった理由の一つに挙げられるのではないだろうか。

また、多くの生徒・卒業生は口を揃えて「自分と同じような思いを後輩たちにはさせたくない」と述べていた。自らがたたかうことで差別をなくし、差別を受ける苦しさ、つらさ、やるせなさを後輩たちには味わわせたくないという想い。そこには、日本の植民地支配からの解放直後から、先代が日本政府の弾圧にも屈さず文字通り「死守」してきた朝鮮学校という歴史的な存在を、後代のため、自分たちが継いで守らなければならないという固い信念が表れていたように思う。

このように、朝鮮高校生たち自らが主体となって立ち上がり、差別の是正と尊厳の回復、民族教育の固守を求めて日本の司法に訴えたという事実自体が、在日朝鮮人史上初の出来事として歴史に刻まれるものであり、「無償化」裁判の最も大きな意義の一つに挙げられるだろう。

そして、このような原告たちの声は、文部科学省の冷たく硬い外壁にはね返されるだけのものではなかった。その声に対して共感し、支持し、応答する人々が全国各地で共に声を上げ、原告や朝鮮学校の力になろうと無数の努力が傾けられてきた。

裁判の弁護団や支援団体の結成と拡大、原告・保護者・弁護団・学校関係者・支援団体間の連携と協力、その数々の道のりはどれひとつ取っても決して平坦ではなかっただろう。しかし、原告たちと気持ちを共にし、差別を許さず正義を求める、その一点において多くの人々の心が一つになり、その連帯の波はやがて北南朝鮮、海外へも波及した。そこに民族や国籍、性別、年齢等の垣根はなく、八年半の長きにわたった裁判が常に熱を帯びてたたかわれたのは、このように幅広く多様な連帯があったがゆえだったといえる。

そして裁判が終わった今、その熱は冷めることなく、朝鮮学校支援のための新たな努力が各地で様々に続けられている。コロナ禍での募金活動、出張授業の実施、「無償化」適用や補助金支給を求める行政交渉、朝鮮学校の歴史を学ぶセミナーや焼肉交流会の開催、掃除や備品整理等の美化活動、生徒たちの文集発行、保健室運営の支援、反ヘイト条例制定に向けた学習会の開催、財政支援のためのキムチ販売……その形がいかに多様でアイデアに溢れたものであるかについては、本号を読み進めるごとに実感いただけるはずだ。

言うまでもないが、裁判が終わったからといって日本政府の差別がなくなったわけでも、正当化されたわけでもない。今も変わらず朝鮮高校生たちは「無償化」制度から除外されており、幼保無償化制度からの朝鮮幼稚園の除外やコロナ禍での朝鮮学校差別など、日本政府は差別を是正するどころか、今も新たな差別を次々と生み出している。この朝鮮学校を標的にした「除外の政策」を終わらせるために必要不可欠なもの―それは共に差別に反対し、朝鮮学校を守り続けていく仲間たちの存在であるだろう。 疑いに満ちた眼差しでしか朝鮮学校を見られない、植民地主義的思考にとらわれた日本の司法が決めた「敗北」を嘆くよりも、笑顔や涙あふれる日常を共有し、共に抵抗することができる確かな繋がりを得られた「勝利」を歓びたい。差別に抗する人々の歴史は、今日もあちこちで紡がれていく。