「煮て食おうと焼いて食おうと自由」と「日本人ファ-スト」
「日本人ファースト」を唱える政党が議席を伸ばし、「外国人の住みにくい街を!」と叫ぶ候補者まで出てくる中、政府や国会において外国人への管理、規制の強化や日本人優遇を図る政策が続々と推し進められている。
2023年の入管法改定では、他国と比べて極端に低い難民認定率はそのままに、難民申請中でもその申請が3回目以降ならすぐにでも追放できることとなり、2024年の入管法改定では、在留カードの常時携帯をうっかりしなかっただけでも取り消されかねない永住資格の取り消し要件拡大(2027年6月までに施行)がなされた。そして昨年5月には「不法滞在者ゼロプラン」が作動、問答無用の退去強制が吹き荒れている。また昨年10月からは「経営・管理」の在留資格要件が極端に厳しくなり、今年の国会では在留資格の更新料を大幅に値上げする入管法「改正」案の討議が進むなど(本稿執筆現在)、まさに外国人は「煮て食おうと焼いて食おうと自由」といった様相を呈している。
この「煮て食おうと…」という暴言、これは1965年11月に発刊された『法的地位200の質問』という本において述べられたものだ。同書の著者、池上努は法務省入管局付検事、同参事官を歴任し、1965年に締結された日韓基本条約に至るまで回を重ね開かれていた「在日韓国人の法的地位委員会」では日本側の代表補佐を務めてきた人間である。
そう、同書はまさに韓国と国交を結ぶにあたり、懸案事項の一つであった在日朝鮮人の永住資格付与など法的地位に関わる問題を韓国政府と直接行っていた担当者が問答形式にして述べたものなのである。
この暴言は当時の国会でも問題にされた。が、この本で問題にすべき点はそれにとどまらない。
「遠い将来において在日韓国人が真に幸福になる道は何かということを十分検討した結果、日本政府としては、真に日本に定着して日本の社会人になろうという韓国人には、何時までも外国籍でいたんでは好ましくないし、同化つまり帰化して貰うことが一ばんよいのではなかろうか」とし、子どもたちは「日本の社会に定着する以上は、施設もよく教育内容も充実した日本の小、中学校に入れるべきものでそれがむしろ本人自身の将来の幸せであると思うのである」と述べ、さらには朝鮮学校に対し「このような非合法学校は全く文部省の管轄外である。街のそろばん学校のようなものである。従ってこのような学校(学校というのも当てはまらないかも知れない)を閉鎖させるためには実力行使しか方法がない」とまで述べているのだ。
これら池上の発言からは朝鮮人へのあからさまな「上から目線」、そして治安管理の対象としてみる視線、そして植民地時代から引きずる同化思想が見て取れる。1945年、日本の敗戦=植民地支配の終了とともに清算されるべきであった考え方が、その20年後の1965年においても息づいていたことをこの本は私たちに否が応でも分からせてくれるのである。
それからさらに60年以上もの歳月が流れた。しかし、この本は過去の遺物と片付けられない笑えない状況が続いている。
今年の国会には、私立学校の高校に通う生徒たちへの支援をさらに手厚くするとする「高等学校等就学支援金の支給に関する法律」(「高校無償化法」)の一部を改正する法律案も上程され、3月31日に成立、翌4月1日から施行されている。
今回の法「改正」は、所得制限がなくなり、私立高校の場合は、支給上限を45万7200円まで引き上げるというものだが、この「改正」法でも、朝鮮学校ははなから適用外とされている。さらにはこれまで「高校無償化」法が適用されてきた外国人学校についても、施行規則(省令)によって同法の適用対象から外し、予算措置によってこれまでの水準での補助まではするという「権利」ではなく「恩恵」レベルのものへと格下げがなされた。
さらに外国籍者の場合は、その在留資格によって適用対象か否かの線引きをするということまで持ち込まれた。「特別永住者」、「永住者」およびそれに準ずる者までは対象とするが、「留学」等の在留資格の者らは対象外とするとしたのである。
「日本人ファースト」の掛け声に支えられ「煮て食おうと焼いて食おうと自由」といった考えがまたぞろ吹き出し、「高校無償化」制度や入管制度をさらに歪なものにしているというほかない。
多くの人々と手を携え、これらの動きをせき止めていきたい。